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魚のいない海

 7月の初め,海洋政策研究財団の主催で,「魚のいない海~次世代に海を引き継ぐために~」というシンポジウムが開催された.講師は仏外務省開発研究局(所長)兼地中海および熱帯地域の漁業研究センター(所長)のフィリップ・キュリー氏ほかである.たしか,今年の春に企画されたのであるが,諸事情で夏に延期されたものである.残念ながら参加することはできなかった.同氏のことを知ったのは,昨年日本でも刊行された『魚のいない海 (UNE MER SANS POISSONS),フィリップ・キュリー/イヴ・ミズレー;勝川俊雄監訳,林昌宏訳』の著者としてである.
 
■世界の漁業生産
 FAOによる最新の統計情報(SOFIA2008)によると,世界の漁業生産量は2006年において1億4360万トン(漁獲漁業9200万トン,養殖漁業5170万トン)に達した.これは過去最高値である.ただしこれは養殖漁業生産の増加によるもので,養殖漁業生産は,食用魚類の47%を占めるに至っている.また漁獲漁業での生産量は1990年代以降は概ね頭打ちになっている.一方漁獲漁業を支える天然魚種の資源は,FAOがモニターしている水産魚種の約52%は最大持続生産(maximum sustainable limits)の限界かその近くの状態にあり,19%が過剰漁獲,8%は枯渇状態,1%が枯渇状態からの回復中にあるという.このように,世界レベルで漁業生産・漁獲漁業資源は危機的な状況にある.

■日本の漁業生産
 1980年代当時の日本の漁業生産は世界1位を誇っていた.その内訳をみると,1970年代はスケトウダラ,1980年代はマイワシの大豊漁に支えられたものであった.このうちスケトウダラの漁獲は,200海里体制による外国水域からの撤退,ベーリング公海の規制,国内漁場での資源減少などにより,現在では盛期の15分の1以下まで低下した.一方,これと同じ時期にマイワシが急激に漁獲を拡大し,1980年代の我が国の年間漁獲量を支えた.突然登場したマイワシが1990年代に入って急激に減少すると,1970年代から続いていたマイワシ以外の魚種の漁獲減少が顕在化し,漁業生産は90年代以降に激減,現在はピーク時の40%を下回り,終戦後である 1950年代の水準となっている.
 本書に登場するダニエル・ポーリー氏らは,1980年から2000年にかけて,日本の周辺海域から魚が激減したことを明らかにし,その概要は日本の新聞でも紹介された.水産総合研究センターの報告でも,日本の主要な漁業資源の状態は,約半数が低位にあるとのことである.

■魚のいない海
 本書は科学者であるフィリップ・キュリーと科学ジャーナリストのイヴ・ミズレーによって執筆され,2008年に刊行された.本書は,人類が初めて海洋生物資源を利用しはじめたところから,現在の危機的状況にいたるまでの歴史を縦軸として,海洋生態系がこれまでの間に,漁業を介してどのような影響を受けてきたかについて,多くの新しい分析・研究成果をもとに提示する.本書を通じて,世界が今日の過剰漁獲・漁業に行きついた過程と,世界の海洋生物資源がどうなっているのか,を知ることができる.いかに多くの種が,漁業によって絶滅や枯渇に向かってきたかが,たたみかけるように,しかし科学的かつ平易に論じられていく.また,これまでに投じられてきた漁業管理・資源管理策とその効果や問題点についても言及される.こうして本書は,過剰漁業が海洋生態系にもたらす様々な影響は,地球温暖化よりも直接的な懸念事項であることを示し,我々に,地球における人類の地位や役割について自問することを即す.
 これだけであれば,本書は自然保護主義者グループの戦略的な図書のようにとられかねないが,主著者はれっきとしたフランス政府外務省に所属する科学者である.著者の視点には,人類が海洋生物資源を枯渇するまで漁業を続けるのか,あるいはこれを保全する方法を見出すのか,という命題が見え隠れしながら考察が進められる.そして最後のところでは,『健全な夢物語』と『おわりに-海のゆくえ』において,漁業が立ち向かわなければならない課題を我々の前に提示している.そして著者は:

人類はこれまで,自然をある程度誘導・構造化してきたが,それを超越することは不可能である.今日では,自然の限界が明らかになってきたが,これは人類の限界でもある.これからは,人類が責任感をもって自然を利用する,新しい漁業を創造することが求められている.

と結論する.
 
■日本の漁業の改革
 本書を淡々と読み進めると,漁業がいかに海洋環境を破壊してきたか,漁業こそ自然破壊の急先鋒であるという一方的な解釈に利用されかねない.かなり危険な本ともとれる.しかし,科学者である著者の視点は,上述したとおりである.
なお本書の最後に,監訳者である勝川氏による『付録,日本の漁業』という20ページ程の解説がある.ここでは,日本の漁業と資源管理の歩み,およびその問題点を概説するとともに,日本の漁業の改革について論じられている.ここも必読である.いやむしろ,最初にここを読んでから本文を読むのも良いだろう.
 




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